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私自身の子育て論

2017年01月06日
私には子どもが3人います。
長男は22歳で大学院1年生、長女が20歳の大学2年生、次男が18歳の高校3年生です。
三人とも、成功と失敗を繰り返しながら、それぞれの道を前に進めだり、立ち止まったりしています。

長男は昨年の就職活動が思い通りにいかず、次善の策として大学院に進みました。
彼は4年前の大学受験も第一志望が叶わず、浪人するか悩んだ末に、浪人せずに第二志望の大学に進みました。

長女は日本の高校を卒業した後に、海外の大学で学んでいます。果敢に挑戦したのは良かったのですが、異文化の中で勉強も友人関係も思うようにいかず、悩みが絶えません。
親にとっての幸いは、困ったことがあると、インターネットを通じて父親の私に連絡してきます。海外にいる娘との距離が一番遠いのですが、心理的な距離は一番近いです。
息子二人は距離的には近いのですが、親とは会話したがらず、気持ちの距離は遠いです。

次男は大学受験生です。
著書「ひきこもり脱出支援マニュアル」のあとがきにも書きましたが、私は親としてこの子が一番心配です。
自信を持って自分の道を選べるだろうか。
その道を歩んで、幸せをつかめるのだろうか。

親が子どもを心配するのは、子どもの力を信じていないからです。
過剰に心配せずに、子どもの底力をを信じなさい!

これは、私がよくクライエントご家族にお伝えするセリフです。
人さまの家族のことは客観的な視点からアドバイスできるのですが、自分の家族のこととなると理屈が役に立ちません。
頭では理解しても、気持ちがいうことをきかず、どうしても心配してしまいます。
逆に言えば、私自身が子どもを見つめる不安や葛藤をとおして、クライエントご家族のお気持ちに共感しているのだと思います。

ふだん家を離れて生活している上の二人も年末年始には帰省し、久しぶりに子どもたち3人が揃いました。
しかし、それも束の間、長男は昨日旅立ってゆきました。
再び3人が揃うのは早くても一年後でしょう。

〜〜〜

進学や就職、学校への適応、友人関係、、、。
青年期は誰でも試行錯誤の繰り返しです。
成功して、自分の思い通りの道、そして家族の期待に叶う道を進む経験をしたり、
失敗して、思い通りの道が閉ざされたり、まわりから否定的に評価され、ショックで自信を失ったり。
その度に、親は安心したり、心配したり。
親である私自身の気持ちも荒波の小舟のように大きく揺れます。

父親の私は、成長しつつある子どもたちに何ができるんだろう?
父親として子どもにどう関わり、どう育てようとしているんだろう?

改めて自問しても、はっきりと答えられません。
親は、子どものことを思えば思うほど、どうしてよいかわからなくなり、悩みます。

敢えて、考えてみました。私が父親として心がけていることは何だろうか?

〇親の期待は押し付けない。
よく「先生のお子さんもお医者さんの道を進むのですか?」と知人から尋ねられます。
3人とも医者や医療系とは全く別の道を進んでします。
医者は社会的に認められ、収入も良く、とても良い職業とされています。
私の友人医師たちの多くも、子どもに同じ道を勧めます。
私としても、子どもたちが自分と同じ道を進んでくれたら、きっと嬉しいと思います。
しかし、私は敢えてそのことは触れないようにしてきました。
子どもたちには、幸せになってほしいと強く期待しています。
しかし、子どもたちがどの道を選択するかは、本人に決めさせたいと思います。

その根底には、私と私の父親との関係があります。
私の父親も、そのように私に接していたと思います。
子どもの将来を期待してくれましたが、具体的な道は示しませんでした。
中学・高校生の頃、私は将来どうするか、悩みながらどうにか自分自身で答えを出そうとしていたと思います。
自分で決めたい。親にはさしずされたくない。
自分の意思決定に自信はありませんでしたが、親に決めてもらいたくない。
今から考えれば矛盾していますが、そんな風に思っていました。

〇放置してはいけない。
親の期待を押し付けない
ということは、
親が子どもに期待しない
ということではありません。

君の自由にしなさい。なんでも好きなことをやれば良い。

という言い方は、良さそうにも思えますが、そうではありません。
目を離してしまったら、それは「放置」になります。
子どもが自分の力で試行錯誤する様子を、しっかり見守りたいと思います。

私は大学時代にアメリカン・フットボールをやっていました。
アメフトはルールがわかりにくいとよく言われますが、ひとつのプレーが短く、頻繁に作戦タイムがあります。
通常は、選手たちが円陣を組み、次のプレイを決めますが、サイドラインにいるコーチから伝令を飛ばすことも可能です。
プレーコールの度に、頻繁にコーチから指示が来ると、選手たちは自分の意思でプレイできず、やる気を失います。
かといって、コーチが知らん顔をして自分たちのゲームを見てくれていないと、選手たちは不安になります。
自分で進む力があるときは、自分の力を試したい。
しかし、どうしようもなく行き詰ったらコーチの力を借りたい。
アメフトの選手として、そんな気持ちでした。

〇承認を与える。
第一・第二志望に失敗して、第三志望に合格したり。
成績がAやCではなくBであったり。
100%の成功ではなく成功と失敗が半分ずつといった状況に若者たちはよく遭遇します。
例えば「7割の達成」を成功とみなすべきか、失敗とみなすべきか、当事者である若者はよくわかりません。
そのような時は、敢えて「7割でも、成功だよ!」と親から最大の承認を与えます。
そのようにして新たな体験に「成功」というラベルを付与することができます。
成功体験によって自信を獲得して、次も挑戦できるという希望とやる気につながります。

〇安全基地を提供する。
アメフトの試合では、敵に攻め込まれ、打つ手がなくなることが時々あります。
何をやってもうまく行かず、頭の中が真っ白になります。
軽いパニック状態です。
そのような時は、タイムアウトをとり、いったん休憩して水分を補給します。
そして、コーチからの指示を得ます。
進む方向を見失ったときは、コーチからの一言が頼りです。何でもよいから、とりあえず進むべき指針を求めます。

子どもたちが強気でがんばっている時、私はそのやり方に疑問を持っても、敢えて口を挟まず見守ります。人生経験の豊富な親から見れば、もっと効率良いやり方があるだろうと口を出したくなるのですが、敢えて黙っています。
しかし、失敗が重なり、やる気を失った時は、「今まで頑張って来たから、少し休みなさい」とアドバイスします。
ここで休んでしまうと、二度と復帰できなくなるのではと、子どもは心配します。その時は、「そんなことはない、休憩して力を蓄えたら、また頑張れるよ」と安心を与えます。

私は、このようにして、子どもたちに接したいと思っています。
しかし、それと同時に、綺麗ごとを書いているようで、どうもしっくりきません。
理屈では上記のとおりなのですが、実際にはそううまくはいきません。
子どもたちに言わせれば、多分、「パパは子どもに任せるとか言って、ほったらかしでしょ!」と言われそうな気がします。(現に、娘からよく言われています:笑)

親は子どもにどう関わるのか。

親が子どもに何をできるのか。

考えれば、考えるほど親のあり方は難しいものだと、改めて実感します。
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